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最高裁判所第二小法廷 平成9年(行ツ)207号 判決 1998年6月22日

東京都港区麻布三丁目五番一二号

上告人

小川泰央

右訴訟代理人弁護士

細谷義徳

仲谷栄一郎

番場弘文

東京都港区麻布三丁目三番五号

被上告人

麻布税務署長 砂川功

右指定代理人

山岡徳光

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行コ)第一五四号過少申告加算税賦課処分取消請求事件について、同裁判所が平成九年五月二一日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人細谷義徳、同仲谷栄一郎、同番場弘文の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない、論旨は、独自の見解に基づき又原判決を正解しないでこれを非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田博 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)

(平成八年(行ツ)第二〇七号 上告人 小川泰央)

上告代理人細谷義徳、同仲谷栄一郎、同番場弘文の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

一 国税通則法第六五条五項

原判決は、上告人は「修正申告書」を提出していないから、その余の要件を判断するまでもなく、国税通則法第六五条五項の適用は認められない、との第一審の判断を支持している。

しかし、以下の事実から、判決は誤りであり、本件には国税通則法第六五条五項が適用ないし類推適用されるべきである。

1 修正申告の提出

(1)国税通則法第六五条五項は、「修正申告書の提出」を要件としている。たしかに本件では、形式的な意味での修正申告書こそ提出されていないが、実質的な意味では修正申告書と同視できる平成二年分の確定申告書が提出されている。右第五項が過少申告加算税を課さないと定める理由は、納税者自身が自発的な意思で不適法な申告を是正した場合には、過少申告加算税を課すのは酷であるからである。その趣旨からすれば、「形式的な」意味での修正申告書は提出されていなくても、それに代わるものとして平成二年分の確定申告が提出されていれば足りるとすべきである。

(2)上告人は、当初から本件譲渡所得については、平成二年分に属すると信じ、平成二年分として申告する意思を有していた。このような状況下で、上告人が平成元年分の所得について修正申告書を任意に提出することはまったく期待できず、不可能を強いるものである。後述のとおり、上告人は、本件税務調査時において、調査担当者に右の意思を伝え、指導を求めたが、調査担当者は何も回答しなかった。したがって、上告人としては(平成元年分の修正申告ではなく、)平成二年分の確定申告において本件譲渡所得を申告する他なかったのである。

なお、被上告人は、本件税務調査の開始時において、本件譲渡所得が平成元年分に属するとの見解を明らかにしていた旨主張するが、これは事実に反する。実際には、平成三年五月まで税務調査は継続されており、被上告人が上告人に対し修正申告を指示したのは、平成三年六月頃になってからである。

このように、上告人が被上告人に対して本件譲渡所得を平成二年分の修正申告において申告することを告げたにもかかわらず、被上告人から特段の指示のない状態では、上告人に平成元年分の修正申告の提出を期待することは不可能であり、上告人としては平成二年分の修正申告において本件譲渡所得を申告することが、善良な納税者としてでき得る限りの最善の策であった。たしかに、申告をするにあたっての所得の帰属年分の判断の責任は、建前上は納税者にあるが、本件のように、納税者自身が判断に迷い、課税庁に対し指導を求めた場合、それに対し適切に応答するのが課税庁の義務であり、それを怠ったために生じた結果につき納税者に責任を問うのはきわめて不合理である。以上のとおり、本件譲渡所得を申告した平成二年分の確定申告書の提出は、国税通則法第六五条五項の適用上「修正申告書の提出」があったものとすべきである。

(3)単純な収入の計上漏れや経費の過大計上など、通常の過少申告の場合は、それを是正しない限り、税収は永久に失われてしまう。しかし、本件の場合は、所得の発生・数額自体の認識には誤りはなく、単に上告人が帰属年分の判断を誤ったのみであり、(本税に関する限り、)税収という点からは中立的である。このような場合にまで、一五パーセントの過少申告加算税という重い制裁を加えることはきわめて不合理である。したがって、本件における事情のもとでは、平成二年分の修正申告書の提出は、右五項にいう「修正申告書の提出」と同視すべきである。

(4)以上の次第であるから、原審が、形式的に「修正申告書」の提出がないことをもって、直ちに本件に国税通則法第六五条五項の適用が認められないと判断したのは、法令適用の違背である。

2 更正の予知

(1)国税通則法第六五条五項は、「その提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してなされたものでないとき」を要件としている。

右の「その申告に係る・・・もの」の解釈につき、裁判所はおおむね「具体的調査により当該所得金額または所得税額に脱漏があることを発見された後になされた申告」(旧所得税基本通達七〇三)との解釈に従うようである。すなわち、単に調査が開始されたばかりではなく、その結果脱漏が具体的に明白になり、納税者側において更正処分のなされることを予知した後には、右第五項の規定は適用されないことを意味する。

(2)本件において、上告人が平成二年分の修正申告書を提出した時点では、更正処分を受ける可能性はないと認識していた。その理由は以下のとおりである。

すなわち、上告人は、平成二年一一月頃に税務調査を受けた際、調査担当者に対し、本件資産の譲渡に関する資料を積極的に提出し、本件譲渡所得を平成二年分の譲渡所得として申告する予定であるとの意思表示を明確にし、調査担当者に対し、本件譲渡所得の帰属年度についての明確な見解を求めたところ、調査担当者は、平成二年一二月中に回答する旨確約した。

しかるに、調査担当者は、右期限までに何らの回答もしなかったばかりか、平成二年分の所得税の確定申告書の提出期限である平成三年三月一五日に至っても何らの回答もなかった。

そこで、上告人は、調査担当者が本件譲渡所得の帰属年分を平成二年であると認めたものと判断して、当初の考えどおり、平成二年分の確定申告において、本件譲渡所得を申告したのである。

被上告人が本件更正処分を行ったのは、それから一年近くを経ようとする平成四年二月二七日においてである。被上告人の同種の更正処分は、通常内部的に結論が出されてから一ヶ月ないし二ヶ月後に行われていると推測される。したがって、被上告人においても、本件譲渡所得が平成元年分に属することを明白に認識したのは、早くとも平成三年末ころであったと思われる。

右のような事実関係からみて、上告人が右平成三年三月一五日の時点で、平成元年分の確定申告について更正処分を受けることを予知していたとはとうてい考えられない。

二 理由の差し替え

原判決は、被告が本件譲渡所得を更正処分の時点では長期譲渡所得に該当すると主張していたにもかかわらず、本件訴訟にいたって、短期譲渡所得に該当するとその主張を変更したのは、違法な理由差し替えにはあたらない。との第一審の判断を支持している。

しかし、以下のとおり、原判決は誤りであり、本件の被告の主張の変更は、違法な理由の差し替えに該当する。

第一に、第一審判決は、被告の右主張の変更は「本件申告時に本件譲渡収入金額を計算の基礎として申告することができた理由として主張しているものにすぎず、いわゆる処分理由の差し替えの問題ではない」としている。

しかし、過少申告加算税の賦課は適法な更正処分の存在を前提とするところ、被告は本件更正処分の適法性を基礎づける理由を処分時と本件訴訟時とで変更しており、それはいわゆる処分理由の差し替えの問題である。

第二に、法律は、青色申告に対する更正処分に理由を附記することを要求し、またその他の処分に対する異議申立を棄却する場合は、異議決定書に原処分を正当とする理由を附記することを要求している。それは、第一に手続的保障の見地から課税庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制し、第二に納税者の不服申立に便宜を与えるためである。しかし、理由の差し替えを認めると、結果的には右のような理由の附記を要求する趣旨がまったく無意味になってしまう。

第三に、たしかに理由の差し替えを認めたかのごとく見える最高裁判決は存在するが、それらは、基本的な課税要件事実の同一性が認められる範囲内で、しかも同一の課税基準を前提にした事例である。これに対し、本件における理由の差し替えは、右のような裁判例が認めた事案とは異なり、到底認められるものではない。

すなわち、被告は、更正処分の時点では、原告から協進商事に対する売却という一個の売却という事実認定を行っていたのに対し、本訴において、新たに他の共同相続人から原告、そして原告から協進商事という二個の売却に事実認定を変更した。これは、基礎となる事実の同一性を逸脱した変更である。その結果、本件では、課税標準までも分離長期譲渡所得から分離短期譲渡所得(一部につき分離長期譲渡所得のまま)に変更した。課税標準というのは、課税所得の性質などの違いにより課税関係を変えるために、課税所得を区分するものであるから、それを異にする場合は、もはや処分の同一性はないものと考えられる。

以上

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